カリナンは、ゴースト以上ファントム未満。

一度カリナンを紹介したが、
今回は試乗する機会に恵まれた。
世界初のカリナンの試乗記になるだろう。
アメリカ合衆国でみれば中西部、
ロッキー山脈の東側に位置するワイオミング州。
調べてみると全米50州の中では
10番目に広いが州の人口は56万人余ということで、
人口密度は平方kmあたり2人なのだそうだ。
ともあれ開拓時代の面影を色濃く残す
手付かずの自然が一面に広がる、
そのランドスケープが最大のウリ……
ということで、西部劇の撮影に
もしばしば用いられる。
そして近年ではその原風景を求めて
アメリカのセレブたちがこぞって別荘を
構えるエリアでもあり、
背後にそびえるロッキー山脈の断崖絶壁を
直滑降するエクストリームスキーの
スポットとしても知られている。
そんな知識もなきまま舞い降りたのは
ワイオミングの窓口でもあるジャクソンホール空港。
日本からは直行便でデンバーを経由して
1度の乗り換えで辿り着ける意外と身近なそこは、
定期便用のブリッジもない小ささだが、
夏冬のホリデーシーズンは
プライベートジェットで埋め尽くされるという。

ロールスにとって初の4WDであり、
ハッチバックでもあるカリナンの試乗会は、
そのジャクソンホールで行われた。
小さな空港に横付けされたファントムの
後席で向かったのは、試乗の基地となるアマンガニ。
大自然の中に溶け込むように佇むそこも、
乗せられているファントムも、
試乗にあたってカリナンを求めるカスタマーの
世界観を共有して欲しいという
ロールスのわざわざな計らいだ。
彼らは試乗会のたびに、趣向を凝らした
オーガナイズで我々を楽しませてくれる。
が、そんな世界観とは余りにも
縁遠い僕などにはそれが冷静さを
失わせるには充分なわけで、
注意して掛からなければならない。
だからファントムの後席に
乗せられている間も音や振動の量や入り方、
対路面での車体の上下動などを体に刷り込み、
僕としては満を持しての心持ちで
カリナンの試乗に臨んだ。

カリナンのエンジニアリングベースとなるのは
昨年登場した現行ファントムから用いられている
「アーキテクチャー・オブ・ラグジュアリー」だ。
アルミスペースフレームを基礎とした
拡張性の高いそれを用いることで、
カリナンは5300mm超の全長と
2000mmの車格に、あらんばかりの
豪華装備と四駆のメカニズムを詰め込みながら、
欧州計測値でファントムよりも軽い
2.7t以下に収まっている。
搭載されるエンジンはお馴染み
6.75lのV12直噴ツインターボ。
出力やトルクに興味を持つオーナーもいないだろうが、
オフロード走行を前提としているため、
低回転域のトルクの厚みや扱いやすさには
拘ったチューニングとなっている。
0〜100km/h加速は5秒、
最高速はリミッターにより250km/hに
規制され……と、
それ以上の話は知る由もない。
サスペンションは形式こそファントムに準拠するが、
もちろんそのディメンジョンからタイヤの
サイズからして別物だ。
基準となる最低地上高は190mmだが、
エアスプリングにより上下に
各40mmアジャスト出来る。
下側、つまり150mmの側は
乗降時の乗り込みしやすさに考慮したモードで、
ドアノブに連動するほか静止時もキーの
アンロックボタン2度押しで作動できる仕組みだ。
もちろんサイドシルの段差は他モデルと同様、
ツライチに整えられている。
そして上側、つまり230mmの
ロードクリアランスは悪路走行用となる。
その路面状況をドライバーは考慮する必要はなく、
これから悪路を走るという意思を伝えるのは
車内で「Everywhere」つまり
「どこでも」と呼ばれている
センターコンソールのオフロードボタンを押すだけ。
これで車高をはじめスロットル開度や変速制御、
操舵アシストやダンパーレートなど
あらゆる要素がオフロード用に最適化される。

他車は雪や砂地や砂利云々と路面状況に応じた
選択をユーザーに担わせるが、
そんなことで手を煩わせる必要はないという判断が
ロールスロイスらしいところだ。

内装の仕立てはさすがにファントム同然とはいかない。
が、ゴーストには準じたところにあるだろうというのが正直な印象だった。
聞けばシートに用いるレザーも鞣しは
ファントムと同様ながら表面にSUVらしく
撥水等のコーティングを薄く加えているため、
肌触りは異なるという。
が、実際手に触れた感じではその差は僅かであり、
日常的にファントムに接している
オーナーでもなければその差は
感じ取れないだろうという程度だ。
ちなみにカリナンは眺望がひとつの
テーマとなっている関係で
サイドウインドウは大きく、
ルーフにも大きなガラストップが備わる。
その関係もあって満点の星空を
ファイバーで表現したスターライナールーフは
今後の展開待ちということだった。
ファントムはともかくとして、
ゴーストよりは正立的な着座姿勢を
採ることもあってか、
カリナンの居住性はクリーンで広々としている。
後席は3人掛けと2人掛けが選択可能で、
3人掛けは標準時でも600リッター、
後席シートバックをフォールダウンすることで、
1930リッターの荷室を確保できるが、
それを実際に倒してスノーボードを
放り込む豪気なユーザーはさすがに少ないだろう。
対して2人掛けの方は荷室容量も
削られ後席も倒せないが、
代わりに立派なセンターコンソールと
多彩なアジャスト機能、
更に荷室との間にガラス製の
パーティションが設けられる。

オプション価格はそれなりも求められそうだが、
この他類なさはユーザーの間でもてはやされるだろう。
オンロードでもオフロードでも等しく
ロールスらしい浮世離れした
マジックカーペットライドを供することを
目標に設えられたカリナンは、
そのライドコンフォートにおいてはゴースト以上、
ファントム未満という絶妙の位置につける。
特に静粛性についてはタイヤと人員の距離的にも
有利ながら、エンジンの回転音など
メカニカルなところでファントムにも迫る勢いで
あることには驚かされた。

ロールスはカリナンについて下剋上も
厭わない勢いで開発したことがじわじわと
伝わってくる。
アクセルを感覚のままに踏み込めば、
そのストロークのぶんだけじゅわっと
滲むように加速が得られる、
その速度コントロールのしやすさや
足裏の力加減で意のままの減速Gなど、
ロールスが後席の主賓のために
最も拘るリニアリティの領域はカリナンも
まったく遜色はない。
そしてその微妙な力加減の調整しやすさが、
結果的にはこのクルマの悪路での
走りやすさにも繋がっている。
カリナンが想定する悪路はあらかたの
オーナーの冒険心を満たす行動範囲を想定している。
限界性能が試されるオフロードコースのように
ハードなセクションをいこうというなら、
それに準じた汗臭いクロスカントリーモデルを
どうぞというわけだ。
但し、そうではない恒常的な悪路では
何者も寄せ付けない静かで優しい乗り心地を
もたらしてくれる。
そこにカリナンの実利的な価値がある。
なんとも贅沢な話だが、
他のラグジュアリーSUVに対しても
確実に圧倒的な差異が築かれているのはそこだろう。
ともあれ、複雑な上下開口式のハッチゲートを
持ちながらここまで低級な音振を封じ込めた
静寂を実現していることには驚かされる。
それに代替しうるSUVがあるというのに、
敢えてラグジュアリーセダンに乗るというのは
礼装的な様式美でしかない。
その姿勢に僕は100%同意する。
が、重々承知していても、
カリナンの誘惑に抗うのは難しいのではないだろうか。
そしてカリナンをカリナンらしく使えるか否かは、
ファントムにらしく乗せられることよりも難しいだろう。
わずか5車種程度のラインナップだというのに、
ロールスを選び乗ることはなんともややこしい話になってきた。

文●渡辺敏史

 

ロールスロイス
http://www.rolls-roycemotorcars-nicole.com/product/

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